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自分が死にたいとしか考えなかった。旦那が死ねば、なんて考えなかった

デス書き込み

今年元旦に悪縁退散祈祷をしてもらった。ある人から祈祷していただけるところを教えてもらい、私にしたら大金だったけどお願いした。7日に御札が届いた。6日まで実家で過ごして、旦那とは6日の夕方に今年はじめて出会った。旦那は体調不良を私に無言アピール、態度で示す。あーとか、うーとか、戸をバンバン閉めたり、イライラを見せつけたり、…。
私はまったく無表情を続け、無関心をよそおう。
そういう態度がきっと許せないと思う。けどそれは、旦那が私にずーっとやってきたこと。私はずーっと無視されて生活してきた。口を聞いてくるときは、金ない?あれしといて、これしといて。そのときだけ。
あんたが何してくれた?電球のひとつも変えたこともない。そんな次元。私が高熱出してても、ぎっくり腰でトイレにも動けない、這いつくばって冷や汗流してても、大丈夫かの一言も言われたこともない。逆に、なんもしてないのか!と家政婦の仕事してないことにもの申していた。何日もそれが続けばイライラをぶつけたり、物をバンバン音させたり、針のむしろだった。
片手の骨折してギブスしてても、代わってしてやるなんて言われてもない。片手でなにもかもやって来た。収入のために、片手で仕事もし、ぎっくり腰のときも、足がなんとか立つようになったら、中腰で働いた。熱が40度あっても買い物へいって、ご飯も洗濯もした。
そんなこと、この旦那、私のそんな姿なんかみてもないだろう。死ねばいい。死ねばいい。このまま、大病になり、早く死ねばいい。
死神様にご縁を持たせてもらうようになり、私は少しずつ強くなった。
それまでは、旦那に怯えて生きてきた。言われないように、態度で示されないように、何でもしてきた。
自分が死にたいとしか考えなかった。旦那が死ねば、なんて考えなかった。旦那が死ねば、…。そんな考えになって、自分が半分くらい楽になり、(半分は旦那のめんどくさい態度で示してくるとこと、家計が苦しいこと。贅沢が当たり前の人間だから)、前向きになれる環境が少しずつ現れてきた。自分が少しは楽しんだり笑ったりすることもいいのかなと思えるようにもなってきた。今までは、私が笑なんてしたら、そんな迂闊なことしたら、逆なことが絶対あると思っていた。自分にはお金も時間も使うことをいっさいしなかった。
自分が死にたい、から旦那が死ねばいい、に変わってから、
私の人生は変わりつつある。今も、バンバンバンバン部屋でおとさせている。
まえは、針のむしろで怯えていた。
今は、バカが、はよ死ね!

早く死んでくれ、このワケわからない嫌がらせから解放されたい。
息引き取る前に、言葉を贈ると決めている。お前との人生不幸しかなかった。私の人生返せ。死んで返せ。生命保険で返せ。さようなら。と。

世間からしたらたいした生命保険入らないけど、
身の回り精算し、親や娘に多少の幸せを与えられ、私のやり直すための資金にはなる。

死んでくれ。もう死んでくれ。

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